信貴山 朝護孫子寺(いっこう寺社解説23)

―大和の現世利益のお寺1

 俗称「信貴山寺、信貴山毘沙門天王、寅の寺」で名が通ている信貴山真言宗総本山(真言宗18本山の一つ)〝朝護孫子寺(ちょうごそんしじ)〟は、意外と正式名を使う人が少ない。俗世間では〝あさごでら〟などと似非事を云う社会的著名人の発言を聞いた時など呆れてしまう。

 寺伝によると毘沙門天王が、我が国で最初に出現した霊地で総本山である。厩戸王(聖徳太子)が大臣蘇我馬子と大連物部守屋戦(丁未の乱)の時(用明帝2(587)年7月3日)、この地で毘沙門天王を寅年寅日寅刻に感得し、天王の尊像を刻し戦いに勝利した。そして信ずべし貴ぶべし山として〝信貴山〟と名付けられたと云う(聖徳太子20番霊場)。往古よりこの山は二上山(ふたがみやま)の様に雄岳(437m)・雌岳(400.5m)の神奈備の山岳聖地である。

 何よりも有名なのは、日本三大絵巻で知られる「国宝信貴山縁起絵巻(全三巻)」の存在(奈良国立博物館寄託史料)。絵巻は〝飛倉(山崎長者)の巻・延喜加持の巻・尼公の巻〟から成るが、加持の巻が語る処の延喜2(902)年60代醍醐帝が病に罹られた時、〝命蓮〟(明練・上人・年譜不詳の僧)が勅命により病平癒を祈願し、放った転輪聖王の金輪を転がした護法童子によって全快になられ、子々孫々朝廷を護る寺(朝廟安穏・守護国土・子孫長久の祈願所)として延喜10(910)年「朝護孫子寺」の勅号を賜った(絵巻は主人公の命蓮上人説話・鳥羽僧正覺献筆)。

 また75代崇徳帝の御世(1123-41)、真義真言宗開祖覚鑁(かくばん)上人(興教大師)が紀州根来寺開創にあたり参籠し、毘沙門天王より〝如意宝珠〟の玉(佛舎利が変じたもの)を授けられそれを寺に納めたと云い如意融通尊(福徳財宝を授け、苦を取り除く)として信仰されいる(毘沙門天王右手寶棒先・吉祥天女左手の意の如くなる宝珠でご利益を意の如く融通して下さるらしい)。

 毘沙門天王は福徳財宝の天部の佛なのだが、近世以降七福神の武人にして商売繁盛・武運長久・家内安全・心願成就の福の神・開運の神として上方はもとより、江戸・尾張名古屋等全国庶民から信仰され、特に商人の現世利益の神として広く信仰されてきた。

 本坊が管理する本堂(舞台造り・昭和26年4月全焼33年再建。本尊秘佛毘沙門天王・中立毘沙門天王・お立前毘沙門天王、戒壇めぐり・大般若祈祷)、近世期より受け継ぐ建物として多宝塔一切経蔵鐘楼三寶堂(28日)・開山堂(21日)・虚空蔵堂(13日)・行者堂(7日)・釼鎧堂(初寅)・空鉢堂(初巳)・絵馬堂(現納経所)・仁王門奥の院以外は、三つの塔頭(千手院成福院玉蔵院)が宿坊を営みながら祈祷を修祓する堂や記念物を持つ独立経営の大本山寺院(近世期にあった光明院は廃絶・式内猪上社は境外に移転)。信貴山形燈籠・使い物の〝寅〟が多数奉納されて山内に溢れ、三福寅として寅日縁日寅年がご縁年となって昔ほどでは無いものの今も参拝が絶えない(名物張り子の寅は戦後、〝柏原上市峰トラヤ製〟で近年大寅・子寅・孫寅・招き寅も登場)。

 塔頭のお堂や佛の事など少し記すと、玉蔵院(野澤密孝貫主・信貴山真言宗8代管長・朝護孫子寺136世法主)は、覚鑁上人が参籠の折り毘沙門天王に秘法の「浴油法」で感得したとする如意宝珠を蔵められたのが玉蔵院の始まりとする。浴油法とは、清められ暖められた榧の油の中に本尊を斎戒沐浴して頂いて祈願修祓する、祈願する行者以外は見ては為らぬと云う真言密教諸々の最秘法とされる。毘沙門天王への願い事はどんな事でも叶える特別な修法で、先々代管長密昇大和上が明治期再興。昭和初期に堂焼失後、昭和62年先代密厳大和上(平成9年遷化)が60年ぶりに〝浴油堂(よくゆうどう)〟を再建して毎朝寅の刻4時より浴油修法を修祓されてきた(現在は毎5時から護摩祈祷)。堂本尊は、双身の刀を八つもった秘佛「出世毘沙門天王(刀八毘沙門天王)」(上杉謙信・武田信玄尊形佛)である。

 昭和33年建立「融通堂」には〝如意宝珠を納めた厨子(如意融通尊)〟が祀られ十一面観音・不動明王が両脇侍に立つ。昭和63年建立三重塔形の「霊明殿」(二三階は信者・歴代管主位牌堂)には、大和十三佛の一寺院として〝阿閦如来(あしゅくにょらい)〟を祀り、大黒天・毘沙門天・家族毘沙門天・三宝(佛法僧)荒神を安置する。一際聳える四丈八尺(14.54m)日本一半跏大地蔵尊のコンクリート「地蔵堂」(昭和9年創建)は子安・成長・供養堂である。その他〝願掛け不動尊〟〝自在童子〟〝巳さん〟〝融通稲荷〟〝水子地蔵〟〝地蔵・阿弥陀石仏〟〝毘沙門天王石像〟〝融通観音〟〝金集弁財天〟を祀り、客殿・新客殿・富貴閣の宿坊を営む。

 名物守り札は〝融通尊守り〟で、堂守より財布に塗香と共に授与頂き〝おん、あらたんのうさんばん、ばたらく〟と3回唱えて頂くとお金の融通が成るのだと云う。

 年中行事として、修正会(1月3ケ日・牛王宝印授与)・毘沙門天王秘仏御開扉(中立像・1/1~13・2/1~29・7/1~5)・初寅大法会(1月初寅日)・左義長(3mの大とんど・1/14)・二の寅大法要(1月二の寅日)・星祭り(鬼追式・2月節分)・十善戒授戒会(2月寅日)・信貴山寅まつり(2/22・23)・潅佛会花まつり(4/8)・空鉢護法大祭(一願成就の巳さん空鉢たん・5/3)・出世毘沙門天王祭(5/5)・開山堂大祭(5/21)・毘沙門天王出現祭(7/3)・施餓鬼供養(8/6)・地蔵会(8/22)・二十八使者守護善神練供養(本堂裏堂脊*属・10月第3日曜)・紫灯大護摩供(宝刀宝弓所作火渡り・11/3)・浴油講(浴油祈祷厳粛・11/22~24)・納め寅大法要(12/25)等が行われる。

【freelance鵤書林247 2020/6/10いっこう記】

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