名工丹波佐吉の狛犬と斑鳩の神社
阿波・厳島神社(弘化4年)・興留・素蓋嗚神社(安政4年)・神南・神岳神社(文久3年)の狛犬は渡り石工(石大工)丹波佐吉(文化13年生まれ。但馬国竹田出身・本名照信・丹波大新屋・難波金兵衛宿)の31歳・37歳・47歳作品。これだけ地域に多いのは珍しい。龍田大橋梺の龍田石工九兵衛宅に止宿している事とも関係するのかもしれない。
狛犬とは、社殿前の対を成す阿吽の獅子と戌の守護像(口を開くのが阿で獅子・閉じるのが吽で戌、なぜか戌にはユニコーンの様に角がある・最古の石製狛犬は宋石大工伊行末の東大寺南大門裏の阿吽石像)。近世に入り大和農村の経済力を背景に石造製が盛んに奉納される。
狛犬鎮座の場所は、社殿から拝殿へ拝殿から拝殿の外へ境内へとさらに近年は境外と変化している。今は中共国生産品が大半だが、江戸明治期上方の場合多くは和泉砂岩製・花崗閃緑岩製大坂型狛犬で立売堀産が流布している。石工が現地で製作する場合もあった様だ。渡り職人で天下に名を馳せたのが名工〝丹波佐吉〟なのである。
【freelance鵤書林203 いっこうD4記】
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