1/7は七草粥(ななくさがゆ)

 “ななえ七草、七日のおみそ、七草いりまへんか”戦前街中へ5・6日の初仕事として半商農家の降り売りの声があった。上方では正月の“ごっと”から胃休めに七草入りの塩味の白おかい(粥)を食す正月の習慣である。災難を避け長寿富貴を得ると言うすでに廃れた習慣だったが、近年春七草をパック詰めした商品がスーパーに登場して七草粥を喧伝しだした。ほんまもんの記録をしておこう。春の七草とは大和では言い回しの順番がある、「せり(芹)・なずな(薺)・ごごぎょう(御形:ははこぐさ)・はこべら(繁縷:はこべ)・ほとけのざ(佛の座:かすみ草)・すずな(鈴菜:蕪)・すずしろ(蘿蔔:大根)これぞ七草」である。

 行事の起源は幕府の式目五節句の一つ「人日の節句正月七日」の行事。唐の時代に「七種菜羹ななしゅさいのかん」と言い七種類の若菜(穀)を入れた汁物を食べて無病息災を願う様になったと言う。九月九日の重陽の節句の春バージョンである。この習慣が我が国で“若菜摘み”と言う風習と結び付いて七草粥になったのだそうだ。

“君がため春の野に出でて若菜摘む我が衣手に雪は降りつつ〔『古今集』〕”

【freelance鵤書林7 いっこう記】

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